ニューロサイエンスだけではない これからの体験設計に求められる視点【海外事例】

「優れた体験」を科学的に解明する

「優れた体験」とは、何がどう優れているのか──従来、顧客体験は感情的、感覚的に語らざるを得ず、主観的な評価に依りがちでした。

しかし、近年では、そうした体験の構成要素やメカニズムを科学的、客観的に解明しようとする動きが見られるようになっています。

中でも活発なのがニューロサイエンス(脳神経科学)分野での取り組みです。

特定の体験に対するさまざまな生体反応(視線、表情、皮膚温度など)を解析するとともに、その体験における認知プロセスを解明。「優れた体験」として認識されている体験は、どのような要素が、どのような感情を引き起こしている状態なのかを明らかにし、体験の評価・改善に活かそうと試みられています。

すでにマーケティング分野では、こうしたニューロサイエンスの知見をもとにした「ニューロマーケティング」の手法・フレームワークが普及しつつあり、広告のクリエイティブ評価などで活用されています。

(参考:ニューロマーケティングとは?|広告のクリエイティブを評価する【海外事例】)

【事例】ニューロサイエンスを活用した体験の設計

マーケティングや広告に関わらず、ニューロサイエンスはあらゆる体験の評価・設計の在り方に変革をもたらす可能性を秘めています。

以下では、実際に科学的知見とテクノロジーを用いて、より魅力的な体験の設計につなげている海外事例を3つ紹介します。

映画の展開をパーソナライズ化する:インタラクティブシネマ『Before We Disappear』(Richard Ramchurn)

イギリスのRichard Ramchurn監督は、視聴者の感情に合わせてストーリー展開や結末がパーソナライズ化されて変化する映画『Before We Disappear』を発表しています。

編集パターンは約500種類にも上り、視聴者ごとにまったく異なる映画体験が提供されるのです。Ramchurn監督は、同映画のテーマである気候変動について、視聴者一人ひとりがより真剣に考えられるよう、このインタラクティブシネマを開発したといいます。

展開も結末も固定的な物語を一方的に提供するのではなく、視聴者とクリエイターが双方向性の中で独自の物語を紡ぎあげる体験を通じて、視聴者の没入感を高めている興味深い事例です。

参考:研究論文「From Director’s Cut to User’s Cut: to Watch a Brain-Controlled Film is to Edit it」

インテリアから受ける印象を可視化する:『A Space for Being』(Google、Muutoほか)

Googleがミラノデザインウィーク2019で行ったインスタレーション『A Space for Being』は、「神経美学(neuroaesthetics)」の観点から、インテリアなどの空間デザインが心身の健康や幸福感に与える影響をテーマにしています。

スペースの来場者は、Googleが開発したリストバンド型の生態計測器を装着して、異なるインテリア(家具や装飾、色彩、質感、照明、音響、香りなど)の3つの部屋を歩きます。その間、各来場者の心拍数、呼吸数、皮膚温度などを計測して、それぞれの部屋から受ける印象や引き起こされる感情を分析。

最終的に、各来場者はもっとも「快適」だと感じた(計測された)部屋や、具体的に「快適」だと感じられた要素をまとめた個別レポートを受け取ることができます。

これまでのインテリア分野では言語化の難しかった「快適さ」を客観的かつ科学的に評価することで、よりパーソナライズ化された空間デザイン設計につなげられると期待される事例です。

参考:Googleブログ「Finding “A Space for Being” at Salone del Mobile in Milan」

博物館観覧のストーリーを形成する:Peabody Essex Museum

アメリカ・マサチューセッツ州の博物館・Peabody Essex Museumでは、2017年から神経科学者を常駐させ、研究結果を活用して来場者体験を向上させる取り組みを実施。

その結果、同博物館への来場者数は急増しており、寄附金額も10倍以上増加するという成果が出ています。

同博物館での研究の中で特に興味深いのは、来場者への働きかけ方による博物館体験の変化を観察したものです。ある展示会の来場者に眼鏡型の装置を装着してもらい、皮膚反応や視線の動き、各作品への滞在時間などを測定。さまざまな情報提供や鑑賞アドバイスなどの働きかけの有無で、作品への滞在時間や興奮度合いを比較しました。検証の結果、各作品の客観的な情報のみを提供するよりも「あなたはこの作品に感動しましたか?」といった問いかけを的確なタイミングで行い、作品と来場者自身を結びつけるよう働きかけたほうが、作品に対する感情が高まることが判明しています。

この事例は、博物館における体験を学術的に研究する「博物館学」で提唱される「学習文脈モデル※」と深く関連したものとなっています。来場者が来場前から来場中、そして来場後までたどるストーリーを設計することで体験の質が向上する可能性を、ニューロサイエンスによって実証している重要な事例です。

※学習文脈モデル…来場者の博物館体験は、観覧の経路や展示物の配置といった物理的文脈だけでなく、来場者個人の来館理由や来館時の感情(個人的文脈)、さらに来館時における同伴者とのやりとりや社会情勢(社会文化的文脈)にも影響されて構成されるという考え方。それらの博物館体験は来館前~来館中~来館後の時間経過を通じてさまざまな変数の影響を受ける。

参考:MuseumNextブログ 博物館での研究結果発表レポート

ニューロサイエンス+ストーリーテリングによる新たな体験

このようなニューロサイエンスの活用により、従来はセンスに頼らざるを得なかった顧客体験の評価が客観化・可視化され、顧客・ユーザーにとってより魅力的な体験の設計が可能になっています。

映像やビジュアルを始めとする平面(2D)コンテンツの体験はもちろん、五感に訴えかける空間(3D)体験、さらに「どのようなストーリーを体験してもらうか」といった時間軸(4D)の体験設計においても、こうした科学とテクノロジーの活用が重要になるといえるでしょう。

中でも3つ目の事例は、特定の体験に対する反応を計測するだけでなく、その反応を引き起こす文脈まで分析することの重要性も示唆しています。近年のマーケティングにおいて「ストーリーテリング」が盛んに謳われ、ロジカルな(無機的な)説明よりも強い印象を残せる「物語」の可能性に注目が集まっていることとも無関係ではないでしょう。

今後の体験設計においては、発達したニューロサイエンスを活用して「優れた体験」の構成要素を解明するのに加え、それらに対する反応や感情を文脈から解釈することの両輪が求められるのではないでしょうか。

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